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執筆者の写真Hamu Isen

時間感覚

xとinstagramを突然やめて心配してくれてる人がもしいたら申し訳ない。これからは「やっておいたほうがいいこと・やらないといけないこと」を少しづつ手放していきたい。つまり「本当にやりたいこと」に集中したいのだ。


ブログを書き出したのは去年の10月くらいだ。何となくやってみようと思い、デスクでノートPCを広げた時に漂う「時間感覚」がアトリエで過ごす感覚に近くて心地よかったのを覚えている。結局、下書きばかりが溜まり投稿数こそ少ないが今でも文章を書く作業とアトリエでの制作には同じような時間が流れていると感じている。


さて、「やりたいこと」を即答するとしたら「制作」と「家族との時間」と答えるだろう。もう少し抽象度を上げると「自分が心地よいと思える時間感覚を大事にして生活したい」と答えるかもしれない。家族との時間でいうと、長女がもうすぐ小学校ということもあり感慨に浸りつつも「家族と過ごす今この瞬間」の大切さを思い出した。最近は子供たちの顔をじっくり見ることを意識的に増やしている。


制作や文章を書くことは自分との対話だから「時間感覚」も比較的自分の間合いに落ち着かせやすい。ある空間(情報空間)に自分の文章や作品の蓄積があって、いい感じに対話された安心感のようなものが描かれたものに宿り、その空間の「時間感覚」に作用するのかもしれない。


しかし人との対話は日常的なものだから、どうしても「聞いてるようで聞いてない」、「見ているようで見ていない」といった受動的なモードに入りやすく、時間感覚も自分の間合いとズレてくる。わちゃわちゃとした子供たちが相手ならなおさらだが、途中ふっと気が付いて能動的な視点に切り替えようと思えば案外できるものだ。


受動モードからこの瞬間を意識する能動モードに切り替えようとすると、まるで時間の側が良くぞ気付いてくれた、と言わんばかりにいい感じに速度を落とし、深く静かな川が現れる。



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